世紀をになう脳神経外科医たちへ
‐ 大田記念病院の20周年記念誌より 1996年 ‐
大田記念病院の20周年にあたり、まず、昭和51年の大田病院創立から今までをささえられた数多くのみなさまに感謝いたします。私は、昭和55年に岡山大学を卒業して、すぐ当院にお世話になりました。当時は、開院4年目で、現理事長をはじめ約70名の職員全員がフロンティア精神であふれており、そのような活気ある病院の中で臨床修練を始めました。医師国家試験をパスし医師免許を得ても、それは単に医業をしてもよいということであって、患者さんに安心してもらえるような医業ができるわけではありません。真の臨床の医者であり続けるための修練は、医師免許を得てから始まるのです。個人的ではあるものの、私の臨床修練を振り返ることで、これからの脳外科医をめざす若い医師たちや、今後、大田記念病院をささえていかれる職員の方に、少しでも参考になればと思います。
臨床医になるには、専門医である前に救急医、一般医、一人の人間であれと言われ、つねに、常識を持つよう指導されました。臨床とは、まさにベッドサイドであり、患者さんが重傷であれば昼夜を問わずそばにおり、診療のあいまに食事と睡眠をとり、緊急手術の場合は、休日、深夜であれ、スタッフを集め救急医療、脳外科医療を大田理事長は病院の5階を住居とし、祥子先生、岡尾副院長とともに身をもって実践されていました。
開頭手術においては「脳べら」の使い方を厳しく指導されました。「脳べら」とは、脳深部の病変に到達するために、ほんの少し脳を寄せるための、巾1センチ、長さ20センチほどの薄い金属の板です。当院では、いち早く、マイクロサージェリーを導入し、1980年頃では、日本でほんの数台目のドイツのZEISS製コントラバス型顕微鏡で手術が行われていました。神聖で繊細な脳という臓器を侵す奥深い病変を手術するには、術野を明るく拡大し、ほぼ無重力で操作できる脳外科専用の手術顕微鏡はとても有用で、手術手技は飛躍的に進歩し治療成績を向上させました。しかし、手術中に、顕微鏡で見えるところだけに気を取られていると、脳べらを忘れ、知らない間に脳を圧迫し傷つけてしまうことがあります。術者は微小の世界に没頭していても、つねに全体を忘れず、さめた脳を持ち続けることが大切です。脳腫瘍と正常脳。動脈瘤と正常血管。病変部と健常部。術者とスタッフ。患者と家族。目に見えているものと見えないもの。すでに起きていることとまだ起きていないもの。部分集合と補集合。一方だけにとらわれずに、視野をひろくもつことが重要です。
第一人者の手術を観察する。当時、大阪循環器病センター初代脳神経外科部長の菊池晴彦先生(現京都大学脳外科教授)をおよびし、私たち若い研修医は数回、手術のアシスタントをする機会をいただきました。菊池先生はチューリッヒのYasargil教授から日本にマイクロサージェリーを導入された人です。卒後1年目の新米脳外科医にとって、手術手技の本当のすばらしさを理解する力はなかったにしても、手術中の姿勢、吸引管の持ち方、バイポーラの使い方、顕微鏡の動かし方など、後ろ姿を見て、できるところからまねをしようとしました。なによりも、日本脳外科医の第一人者の手術を目前で経験するということは、日本の最高のレベルとこれからの目標を実感する貴重な経験となりました。
卒後13年目の1992年の秋に、ドイツのマインツ大学のPerneczky教授の手術見学に行きました。Perneczky先生は、世界的脳外科医の一人で、Minimally invasive neurosurgery の第1回国際会議の会長もされ、脳内視鏡の開発から顕微鏡手術への併用など新しい分野の開発に努力されています。手術はとても熟練しておられ、無駄がなく完成度の高い手術でした。静かな時間の流れの中に、難しい手術が簡単そうに淡々と進んでいました。頭部の固定から皮切のデザイン、開頭、マイクロ、閉頭まで自分でしながら、ところどころで言葉少なに私に説明されましたが、顕微鏡を通して見える手技だけはなく、手術室全体の雰囲気とスタッフの心が適切に緊張し、調和もとれ充実している手術を見学し、その場にいなくてはわからない貴重な経験をしました。最近では、種々の映像記録装置の発達のおかげで、手軽にビデオや学会で他の先生の手術を見ることができます。また、電子メディアの進歩とともにバーチャルリアルティー(仮想現実)も進歩し、これからは、現実世界と混合した複合現実が進歩し、一層、疑似体験が実体験のように近づいていくでしょう。しかし、その時、その場に存在して、自らのすべての感覚を通して感じる実体験にまさる経験はないと思います。インターネットをはじめ、世界がどんどん小さくなっていますが、安易な情報だけで満足せず、実体験で自分自身を高めてください。
初めの頃の動脈瘤のクリッピングには、崖から思い切って飛び降りる勇気と自信。
動脈瘤の術中破裂の時は、一層時間をゆっくりにした操作。
髄膜腫摘出後の後出血を防ぐには、ワッテでこすってからの腰を据えた入念な止血。
進む勇気と引き下がる勇気。
手術は2回に分けてもいい。
臨床医は臆病な方がいい。
変えられるものを変える勇気と変えられないものを受け入れる忍耐。そして、変えられるものと変えられないものとを見極める知恵を育てる。
華々しいより地味な手術。
手術は本当に必要なのか、手術は本当にしなくてもよいのか。
一つでも疑問があれば、予定手術はいつでも中止できるし延期できる。
もし手術結果が悪かったら、原因をとことん追求せよ。思い浮かばないことにも原因がある。すべての経験を次の手術に生かすこと。
手術の成功に不思議あり、失敗に不思議なし。
サックスプレイヤーのジョン・コルトレーンは神に近づきたいと願い、音色が play(奏でる)から、晩年は pray(祈る)へ変わっていったそうです。友人の眼科医は、神に賜った眼球をできるだけもとどおりに治したいと手術技術を磨いています。
手術は病気を治すほんの一つの治療法です。洗練された技術で、本当に必要なときに、最小限の侵襲で、病気の人の心の救いに少しでも役立つように、臨床医として研鑽を積んでほしいと思います。21世紀の脳神経外科医へ期待します。