さとう脳外科クリニック 脳神経外科 リハビリテーション科 広島県福山市 頭痛 脳腫瘍 頭部外傷 肩こり めまい 脳梗塞 脳出血 脳動脈瘤 くも膜下出血

 

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頭部外傷 肩こり めまい 脳梗塞 脳出血 脳動脈瘤 くも膜下出血 ふらつき

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頭部外傷 肩こり めまい 脳梗塞 脳出血 脳動脈瘤 くも膜下出血 ふらつき

 Vol. 6 2007年 年頭所感
 Vol. 5 患者さんのための医療
 Vol. 4 救命処置を身につけよう
 Vol. 3 脳外科医を目指そう
 Vol. 2 看護学校御卒業おめでとう
 Vol. 1 脳ドックとは
 
 
 
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 院長のコラム---Vol. 6 2007年 年頭所感 一歩前進

けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

昨年10月1日に開院し、皆様と一緒に3ヶ月がたちました。たくさんの方からの支援と祝福を受け、「さとう脳外科クリニック丸」は新しいクルーとともに大海へ船出をしたような気持ちです。まずは岸から無事離れ、堤防の中をゆっくりすすみ、エンジンの調子と船体の波の受け具合をみて、舵の動きと手応えから、徐々に加速してきたところです。堤防から外に出て港を離れると、空も海も青く、今は好天に恵まれ風もなく、海は荒れてはいませんが、うねりのある波がときおりおおきく寄せています。見渡せば水平線が長く海は広く、これからが、本当の航海です。私たちの仕事は、定期船でも輸送船でもありません。目的地に一直線に船を走らせることではありません。病気の人のために作られた救護船です。病気の人にいざというときに頼りにされるような施設にすることが大切です。病気の人に対して、感性を磨き、その人のところに近づいて、停泊し、治れば、また別のところへ向かい、必要とされるところへ動いていく救護船です。砂漠の中のオアシス、夕立の時の軒の下、暑い日差しの時の日陰、そのような役目が私たちの使命です。

日本の脳神経外科は外科という名前が付いていますが、手術を専門とする一般外科の中の一分野ではありません。内科、外科、小児科、産婦人科などとならび、脳神経外科は脳、脊髄、神経を中心とした医学、医療全般をさします。神経症状からの臨床神経診断学、MRI、CTなどの脳の画像診断、放射線治療、血管内治療、開頭手術、リハビリテーション、脳卒中学など幅広い分野です。

頭痛やめまい、物忘れ、言語障害、手足のしびれなどのありふれた症状にも、こわい病気があります。脳、脊髄、神経系に関する医療は私たちの専門分野です。とくに、脳卒中や認知症は国民病といわれ今後ますます増加が予測されます。病気の診断治療だけが医療ではありません。不安のある人に病気がないことを、説明することも大切ですし、治らない病気には一緒に悩むことも医療です。予防できるものは、具体的に指導し、長いつきあいが必要です。

私たちの救護船は、私たちが目的地を定めるのではなく、脳の病気で困っている人に、私たちを求めてくれる人に、誠実に役にたつように日々診療することが航海の目的です。私たちの救護船「さとう脳外科クリニック丸」の行き先は年月がたてばおのずと軌跡があるところへ向かっているはずです。

今年1年、みんなで力を合わせて一歩ずつ前に進んでいきましょう。

2007年


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 院長のコラム---Vol. 5 患者さんのための医療

者さんの気持ちになった患者さんのための医療


新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
医療従事者は生命や財産を預かる他の仕事と同様に、現場では常に沈着冷静な状況把握の上に、経験と知識に裏付けられた理性的判断と機敏な行動が必要とされます。さらに、直接人に対する仕事であり、他者の気持ちになったり、想像することが重要で、とりわけ、病気の不安を持っている患者さんの気持ちや家族の心情を察することが必要です。しかし、患者さんの身になることや、自分の身に置き換えてみることはなかなかできることではありません。一人称である「自分」が、二人称である「あなた」の気持ちを十分に理解することは難しいことです。1.5人称である家族はどうでしょう。家族が病気をしたときの思いは特別のものがあります。肉親の情でしょう。理性的な判断を必要とする医療現場ではかえってやりにくい問題も含みますが、家族の病気を経験した医療従事者がその後の仕事に深みがでることはよくあります。
このたび私自身が病人となった経験から、療養中にもっとも感じたことは、これからどうなるのだろうか、という不安でした。診断名や検査結果を聞いたあとも、いろいろなことが初めての経験であり、これからどうなるのだろうという漠然とした不安でした。そのときの、看護師さんをはじめとした、検査技師、レントゲン技師のていねいな説明はとてもありがたく安心しました。患者さんの身になり、半歩先にこれからおきることをていねいにやさしく説明することがとても大切です。
つぎに感じたことは、痛みや、発熱やしんどいときはとても時間の流れがとてもゆっくりしていることでした。病人としてつらいのは、病気が治らないことはもちろんですが、苦しみの大きさより、苦しみがどこまで続くのかわからないことの方が恐ろしいことです。そしてそのときは時間が流れず、なかなか朝がきません。この世の中でもっとも恐ろしいところは、時間が止まったと感じるところかもしれません。ナースコールを始め患者さんが苦しみを訴えたときは、早急に対応し、少しでも早く和らげるように努力することが大切です。訴える前に気づけばさらに、すばらしいことです。
今年も、全員で患者さんの気持ちを想像し、患者さんのためを第一に考えて仕事をしていきましょう。ご協力をよろしくお願いします。

2006年


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 院長のコラム---Vol. 4 救命処置を身につけよう

命処置(ACLS)を身につけよう。


家族の誰かが突然、目の前で意識を失ったら私たちは何をするのだろうか。何ができるのだろうか。顔色が変わり、呼吸もしなくなったとき、何をすればいいのだろうか。とっさに、大声でだれかを呼び、119で救急車を呼んでも、その間に何をすべきなのだろうか。心肺停止状態であれば一刻も早く酸素が必要であり、そうでなければしだいに脳細胞は壊れていく。いったん壊れてしまえば、決してもどらない。まさに、この数分間が勝負だ。他者でなくすぐそばにいる自分が、すぐさま、人工呼吸と心マッサージをするのだ。そのひとの命(脳)を救うために。一次救命処置は、気道確保、人工呼吸、心臓マッサージである。
 医師、看護師、救急救命士であれば、二次救命処置(ACLS advanced cardio vascular
life support)が望まれる。ACLSとは2000年に米国心臓協会、国際蘇生委員会が策定し世界的に普及している「心肺蘇生法」の国際指針である。いたずらに気道確保、人工呼吸にてまどることなく、心停止に対して除細動の適応を診断して、いち早く除細動を実施することにより救命率を上げることが目的となっている。
 救急救命士の救急現場における病院前医療活動においても、国からもオンライン24時間の医師からの指示、救急活動の医学的見地からの検証、病院実習体制などを整えメディカルコントロール体制を整備してきた。
 救急病院のみならず医療関係者は「目の前の愛する人が救えますか」をモットーに二次救命処置(ACLS)を身につけて自信を持って診療にあたりたいと思います。私たちの住んでいる街では、おたがいさまが救急患者になり救命処置施療者となりえます。どんなに腕のいい外科医でも自分のからだは手術できません。どんな人でも自分の心停止は、自分では治せないのです。福山地区におきましても二次救命処置(ACLS)講習会に積極的に参加して、いざというときに一人でも愛せる人の命を救えるようにしておきましょう。

2003年


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 院長のコラム---Vol. 3 脳外科医を目指そう

世紀をになう脳神経外科医たちへ
      ‐ 大田記念病院の20周年記念誌より 1996年 ‐
 
大田記念病院の20周年にあたり、まず、昭和51年の大田病院創立から今までをささえられた数多くのみなさまに感謝いたします。私は、昭和55年に岡山大学を卒業して、すぐ当院にお世話になりました。当時は、開院4年目で、現理事長をはじめ約70名の職員全員がフロンティア精神であふれており、そのような活気ある病院の中で臨床修練を始めました。医師国家試験をパスし医師免許を得ても、それは単に医業をしてもよいということであって、患者さんに安心してもらえるような医業ができるわけではありません。真の臨床の医者であり続けるための修練は、医師免許を得てから始まるのです。個人的ではあるものの、私の臨床修練を振り返ることで、これからの脳外科医をめざす若い医師たちや、今後、大田記念病院をささえていかれる職員の方に、少しでも参考になればと思います。

 臨床医になるには、専門医である前に救急医、一般医、一人の人間であれと言われ、つねに、常識を持つよう指導されました。臨床とは、まさにベッドサイドであり、患者さんが重傷であれば昼夜を問わずそばにおり、診療のあいまに食事と睡眠をとり、緊急手術の場合は、休日、深夜であれ、スタッフを集め救急医療、脳外科医療を大田理事長は病院の5階を住居とし、祥子先生、岡尾副院長とともに身をもって実践されていました。

 開頭手術においては「脳べら」の使い方を厳しく指導されました。「脳べら」とは、脳深部の病変に到達するために、ほんの少し脳を寄せるための、巾1センチ、長さ20センチほどの薄い金属の板です。当院では、いち早く、マイクロサージェリーを導入し、1980年頃では、日本でほんの数台目のドイツのZEISS製コントラバス型顕微鏡で手術が行われていました。神聖で繊細な脳という臓器を侵す奥深い病変を手術するには、術野を明るく拡大し、ほぼ無重力で操作できる脳外科専用の手術顕微鏡はとても有用で、手術手技は飛躍的に進歩し治療成績を向上させました。しかし、手術中に、顕微鏡で見えるところだけに気を取られていると、脳べらを忘れ、知らない間に脳を圧迫し傷つけてしまうことがあります。術者は微小の世界に没頭していても、つねに全体を忘れず、さめた脳を持ち続けることが大切です。脳腫瘍と正常脳。動脈瘤と正常血管。病変部と健常部。術者とスタッフ。患者と家族。目に見えているものと見えないもの。すでに起きていることとまだ起きていないもの。部分集合と補集合。一方だけにとらわれずに、視野をひろくもつことが重要です。

 第一人者の手術を観察する。当時、大阪循環器病センター初代脳神経外科部長の菊池晴彦先生(現京都大学脳外科教授)をおよびし、私たち若い研修医は数回、手術のアシスタントをする機会をいただきました。菊池先生はチューリッヒのYasargil教授から日本にマイクロサージェリーを導入された人です。卒後1年目の新米脳外科医にとって、手術手技の本当のすばらしさを理解する力はなかったにしても、手術中の姿勢、吸引管の持ち方、バイポーラの使い方、顕微鏡の動かし方など、後ろ姿を見て、できるところからまねをしようとしました。なによりも、日本脳外科医の第一人者の手術を目前で経験するということは、日本の最高のレベルとこれからの目標を実感する貴重な経験となりました。

 卒後13年目の1992年の秋に、ドイツのマインツ大学のPerneczky教授の手術見学に行きました。Perneczky先生は、世界的脳外科医の一人で、Minimally invasive neurosurgery の第1回国際会議の会長もされ、脳内視鏡の開発から顕微鏡手術への併用など新しい分野の開発に努力されています。手術はとても熟練しておられ、無駄がなく完成度の高い手術でした。静かな時間の流れの中に、難しい手術が簡単そうに淡々と進んでいました。頭部の固定から皮切のデザイン、開頭、マイクロ、閉頭まで自分でしながら、ところどころで言葉少なに私に説明されましたが、顕微鏡を通して見える手技だけはなく、手術室全体の雰囲気とスタッフの心が適切に緊張し、調和もとれ充実している手術を見学し、その場にいなくてはわからない貴重な経験をしました。最近では、種々の映像記録装置の発達のおかげで、手軽にビデオや学会で他の先生の手術を見ることができます。また、電子メディアの進歩とともにバーチャルリアルティー(仮想現実)も進歩し、これからは、現実世界と混合した複合現実が進歩し、一層、疑似体験が実体験のように近づいていくでしょう。しかし、その時、その場に存在して、自らのすべての感覚を通して感じる実体験にまさる経験はないと思います。インターネットをはじめ、世界がどんどん小さくなっていますが、安易な情報だけで満足せず、実体験で自分自身を高めてください。

 

初めの頃の動脈瘤のクリッピングには、崖から思い切って飛び降りる勇気と自信。

動脈瘤の術中破裂の時は、一層時間をゆっくりにした操作。

髄膜腫摘出後の後出血を防ぐには、ワッテでこすってからの腰を据えた入念な止血。

進む勇気と引き下がる勇気。

手術は2回に分けてもいい。

臨床医は臆病な方がいい。

変えられるものを変える勇気と変えられないものを受け入れる忍耐。そして、変えられるものと変えられないものとを見極める知恵を育てる。

華々しいより地味な手術。

手術は本当に必要なのか、手術は本当にしなくてもよいのか。

一つでも疑問があれば、予定手術はいつでも中止できるし延期できる。

もし手術結果が悪かったら、原因をとことん追求せよ。思い浮かばないことにも原因がある。すべての経験を次の手術に生かすこと。

手術の成功に不思議あり、失敗に不思議なし。

 

 サックスプレイヤーのジョン・コルトレーンは神に近づきたいと願い、音色が play(奏でる)から、晩年は pray(祈る)へ変わっていったそうです。友人の眼科医は、神に賜った眼球をできるだけもとどおりに治したいと手術技術を磨いています。

 手術は病気を治すほんの一つの治療法です。洗練された技術で、本当に必要なときに、最小限の侵襲で、病気の人の心の救いに少しでも役立つように、臨床医として研鑽を積んでほしいと思います。21世紀の脳神経外科医へ期待します。


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 院長のコラム---Vol. 2 看護学校御卒業おめでとう

卒看護婦さんに送る言葉。


看護学生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。試験に合格して念願の資格をもち、いよいよこれから看護師というチーム医療の一員として病める人のために力をあわせることとなります。個人の知識や技術、判断力を高めることは一生かけて学んでいくことですが、チーム医療ではお互いの力を高めることがとても大切です。相乗効果を出すには自分はもちろん自分以外の人が十分に力を出せるように考えることも重要です。元気よく挨拶をすることから一日が始まり、職場の雰囲気を作ることにも大いに責任があります。患者さんの「患」は、いろいろなことがつぎつぎと連なる「串」と「心」からなっています。いつも病気についていろいろ心配して悩んでいるのが患者さんですから、一歩先、一歩先を考えて看護師同士はもちろんのこと、職種の違う人たちと力を合わせて早め早めに対処することが大切です。
 最近では業務の標準化のために、ガイドラインやクリニカルパスが作成され、今後ますます広まっていくと思います。さまざまな業務にもマニュアル化がなされつつあり、基本的な業務にはとても有用です。しかし、マニュアルを中心とした画一化した業務の中では、頭を使わないようになり、ついつい何かするときにはマニュアルを探し頼りきるようになりがちです。基本的なことはマニュアルでよいと思いますが、大切なことはマニュアルを身に付けた上で、患者さんに個別に応用する能力です。
 言葉や文章からでは伝えられないことを先輩や異業種のひとから学び、経験を少しずつ積み上げて自分の目指した看護師に向かって進み、地域の中で頼られる人になっていただきたいと思います。

2002年 3月

 

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 院長のコラム---Vol. 1 脳ドックとは

ドックとは脳は体の中でも重要な臓器の一つです。考える力や記憶力、判断力、言語などの個人としての人間らしさの機能のほかに、運動、感覚など生きていくにはなくてはならない重要な働きをしています。
 脳の病気の中には脳腫瘍などのように脳そのものの病気のほかに、脳卒中のように血管が閉塞したり、破綻したりする脳の血管の病気があります。
そのような病気をできるだけ早期に発見して、脳の障害を未然に防ごうとすることが脳ドックです。
MRI検査装置は放射線を使わず磁力線を用いた検査装置です。痛みはなく脳と血管が描出されます。

検査の目的
 脳の健康診断です。

検査の対象
 脳の精密検査を希望する方
 高血圧、糖尿病、高脂血症、不整脈などの脳卒中危険因子を持っている方
 家族に脳卒中のいる方(とくにくも膜下出血)

脳ドックで発見されやすい疾患
 未破裂動脈瘤(約3mm以上)
 無症候性脳梗塞、脳腫瘍、水頭症など
 脳血管閉塞、脳血管高度狭窄、もやもや病など

検査内容
 問診表、血圧、脈拍数、体重、
 頭部MRI(頭部断層撮影)、頭部MRA(脳血管撮影)、頚部MRA

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脳神経外科 ・リハビリテーション科
さとう脳外科クリニック
〒721-0926 広島県福山市大門町3丁目28-43
Tel. (084)940-5855 Fax. (084)940-5825


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